大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成4年(ラ)886号 決定

栃木県下都賀郡壬生町〈以下省略〉

抗告人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

熊倉亮三

群馬県前橋市〈以下省略〉

相手方

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

池田昭男

主文

一  原決定を取り消す。

二  抗告人と相手方間の前橋地方裁判所平成四年(タ)第三二号離婚等請求事件を宇都宮地方裁判所栃木支部に移送する。

理由

一抗告人は主文第一、二項同旨の裁判を求め(別紙「抗告状」の抗告の趣旨二項に「第一八八号事件」とあるのは「第三二号事件」の誤記と認める。)、相手方は本件抗告を却下するとの裁判を求めた。

当事者双方の主張は、別紙「抗告状」及び「答弁書」各記載のとおりである。

二本件基本事件(前橋地方裁判所平成四年(タ)第三二号離婚等請求事件。以下「本件訴訟」という。)の記録によれば、相手方は、人事訴訟手続法一条一項所定の「夫婦ガ最後ノ共通ノ住所ヲ有シタル地」(以下「最後の共通の住所地」という。)は群馬県高崎市にあり、かつ、現在の相手方の住所地は同県前橋市にあるとして前橋地方裁判所に本件訴訟を提起したのに対し、抗告人は、高崎市に居住したことはなく、最後の共通の住所地は栃木県河内郡〈以下省略〉であるから、本件訴訟の専属管轄は宇都宮地方裁判所にある旨主張し、なお現在肩書住所地に居住していることから、宇都宮地方裁判所栃木支部への移送を申し立てたところ、原審は、最後の共通住所地は高崎市にあると認定して右申立てを却下したものである。

ところで、このような法定専属管轄の違背を理由とする移送申立てに対する決定について即時抗告をすることが許されるか否か、すなわち、受訴裁判所が右移送申立てに対してした却下あるいは移送の決定が民事訴訟法三三条所定の「移送ノ裁判及移送ノ申立ヲ却下シタル裁判」に含まれるか否かについては、判例・学説上争いがないわけではない。

しかしながら、受訴裁判所は、管轄の有無について常に職権で調査し、管轄権を有しないと判断する場合には当該訴訟を管轄裁判所に移送しなければならないが、受訴裁判所が管轄に関する判断を誤ることもないわけではないから、これを是正する方途を認め、当事者に管轄裁判所で審理を受ける利益を制度的に保障する必要があることは否定できない。そして、この必要性は、控訴審において第一審の管轄違背を争い得ない通常管轄・専属的合意管轄の場合はもとより、法定専属管轄の場合においても、早期の段階で管轄の誤りによる審理の支障及び当事者の損害を防止するという見地から十分に尊重されなければならない。また、管轄を有する裁判所間での移送の適否の問題についてすら、裁量による移送の申立てに対する決定について即時抗告による不服申立てが認められているのであり、このこととの対比においても、管轄裁判所において審理を受ける当事者の利益を保護すべき要請は一層考慮すべきである。なお、同法三三条の文言をみても、管轄違いを理由とする移送の申立てに対する裁判を除外する旨明示しているわけではないのであって、この点も実定法上の根拠を提供するものとみることができる。

そうすると、本件のような法定専属管轄の違背を理由とする移送申立てを却下した決定に対しても右法条に基づき即時抗告を提起することができると解すべきである。

三続いて本件訴訟における管轄の有無について検討する。

人事訴訟手続法一条一項によれば、婚姻事件において夫婦が現に共通の住所を有しない場合(本件はこれに当たる。)には、最後の共通の住所地の地方裁判所(ただし、その管轄区域内に夫婦の一方又は双方が現に住所を有することが必要である。)に専属管轄が認められることになる。そして、右の「住所」の意義については、同法自体何らの規定も置いていないから、民法二一条に依拠してその意味内容を決しなければならず、したがって、当該場所が「生活の本拠」といえることがまず必要であり、また、最後の共通の住所地を管轄決定の基準とする趣旨は、当該訴訟の審理に必要な証拠方法が多数存在する蓋然性が高いことにあるから、同所において夫婦の共同生活が営まれていたことが必要である。

右の二点は、事件の実体に深く関連する事柄であり、未だ実体審理が行われていない段階でこれを詳細に把握するのに困難な面があることは否定できないけれども、本件記録(当審に提出された証拠も含む。)によれば、群馬県高崎市には夫婦の最後の共通の住所地はなく、栃木県内にそれがあること(しかも、抗告人の現住所も同県内にあること)が明らかであるから、本件訴訟の専属管轄は前橋地方裁判所ではなく、宇都宮地方裁判所にあるというべきである。

すなわち、記録によれば、抗告人と相手方は、昭和四二年一一月婚姻の届出をした夫婦であって、昭和四四年一〇月に長男、昭和四六年八月に長女、昭和五〇年一二月に二男をそれぞれ儲けたこと、そして、昭和五二年相手方が矢板カントリークラブに就職した後は右の子らとともに栃木県那須郡西那須野町〈番地略〉所在の○○ビル○○○号(以下単に「○○ビル」ということがある。)に居住していたが、昭和五四年相手方が同県内の真名子カントリークラブに転職して同クラブの社宅に移り住むなどした後、別居するようになったこと、その後、相手方は、昭和六〇年ころ埼玉県内の岩槻ゴルフセンターへの就職に伴い同県大宮市〈住所省略〉に、昭和六二年ころ群馬県内の関越ハイランドゴルフクラブへの就職に伴い同県高崎市〈住所省略〉△△(以下単に「△△」ということがある。)にそれぞれ転居し、更にその後同県前橋市〈住所省略〉に移り住み(ただし、前橋市への転入届は平成四年五月である。)、現在に至っていること、なお、右大宮市、高崎市及び前橋市の各住所は、抗告人において相手方が同棲の事実があると主張している乙山好子の住民票上の住所と、時期的なずれはあるが、ほぼ一致すること、一方、抗告人は、昭和五七年ころ前記○○ビルの住居から同県河内郡上三川町〈番地略〉に、更に昭和六一年ころ現住所である同県下都賀郡壬生町〈番地略〉に転居し、同所において子らとともに生活し、近くの会社等に勤めに出ていたこともあること、その間、平成二年一月(子らの住民票は壬生町に残したまま)抗告人のみ高崎市の△△に転入した旨の届出をし、同年八月には再び壬生町の現住所に転入届をしたこと、なお、右住民票上の異動に相前後して、抗告人は、平成元年一〇月から平成二年一月までの間に少なくとも五、六回にわたりそれぞれ数日ずつ△△に泊り込み、同年の正月には布団や食器等を持ち込んだりしたこと、しかし、同所に滞在していた間、相手方と前記乙山との問題等について話し合ったりしたことはあるものの、一緒に寝泊まりするなどの共同生活をしたことはないこと、以上の各事実を認めることができる。

ところで、ある一定の場所が前記の意味での「住所」つまり「生活の本拠」であるかどうかは、その人の生活全般にわたり具体的な事情に基づいて実質的に考察した結果、客観的に当該場所が生活の中心をなしていると認められる否かという観点から決すべきである。その際、住民票上の届出も重要な資料の一つではあるが、それのみに依拠することなく生活関係を実質的に考察することが必要であり、住民票上の届出をしている場所と継続的に居住している場所とが異なる場合には、実質面を優先させ、後者をもって「住所」と認めるべきである。

これを本件についてみるに、前記認定に係る各事実に徴すると、抗告人は、確かに平成二年一月△△への転入届をし、それと前後して数回にわたり同所を訪れ、数日間ずつ滞在したことがあるけれども、その間においても、栃木県下都賀郡壬生町〈番地略〉に継続的に居住し、子らと共に生活していたのであるから、その生活の本拠は、実質面から考察すれば高崎市ではなく壬生町にあったと認めるのが相当である。

そして、抗告人と相手方が△△において夫婦としての共同生活を営んだことがないことは、前記認定事実から明らかである(この点は、相手方も答弁書において自認しているところである。)。

以上によると、△△の所在する群馬県高崎市に最後の共通の住所地があったと認めることはできない。

そこで、問題は、右の時点以前において最後の共通の住所地がどこにあったのかということに帰着するが、この点に関しては、抗告人は栃木県河内郡上三川町にあった旨主張するのに対し、相手方は同所に居住したことを否認する。しかし、相手方も同県那須郡西那須野町の○○ビルにおいて抗告人及び子らとともに居住していたことは自認して争わないところであるから、抗告人の右主張が認められるか否かにかかわらず、いずれにせよ最後の共通の住所地が栃木県内にあったこと自体は肯認されるところである。また、抗告人が現に同県内に居住していることは前記のとおりである。

そうすると、本件訴訟の専属管轄は同県を管轄する宇都宮地方裁判所にあり、前橋地方裁判所にはないから、本件の訴えは管轄を誤った違法があるものといわなければならない。

なお、抗告人の現住所にかんがみれば、本件訴訟は宇都宮地方裁判所栃木支部に移送するのが相当である。

四以上の次第で、抗告人の移送申立てを却下した原決定は失当であるからこれを取り消し、本件訴訟を宇都宮地方裁判所栃木支部に移送することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官新村正人 裁判官斎藤隆 裁判官原敏雄)

別紙抗告状〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例